なすのクソゲー攻略本

人生とかいうクソゲーを攻略していきませう

40.民主主義と功利主義について②

こんにちは、なすです。

 

前回の話の続き。ジェレミー・ベンサムについてです。

 

ジェレミー・ベンサムはイギリス人です。13歳でオックスフォード大学に入学して、16歳に卒業するような、いわゆる天才でした。弁護士になりましたがうまくいかずに、哲学研究を進めました。1785年に『道徳および立法の諸原理序説』を発表して、学問的地位を築き上げました。フランス革命に大きな影響を与え、名声と称賛があったものの、ベンサム自身は革命に対して冷ややかな思いでいたという話です。彼の遺言に基づき、死後は解剖されています。これは宗教上行われるべきである火葬を行わず、解剖して研究に用いるという利をとる、彼の考え方そのものを表す行為と言えるでしょう。

 

ベンサムの論によれば、人間は快楽を追い求め、不快なものを避けているようにできています。道徳的な善悪は、快楽をもたらすものを善、不快をもたらすものを悪と呼んでいるだけに過ぎないとしたのです。これを快楽主義的倫理観と呼びますが、これにおいては、道徳が良心の問題ではなく損得勘定の問題として捉えられることになります。

人が損得勘定によって動くならば、そのための計算ができるはずですし、人間は無意識的にその計算を頭の中で行っているに違いないと考えました。

そこで、快楽を生み出すのに役立つ有用な性質を功利性と名付け、人間は功利性を追求する存在であると定義します。これが功利主義です。

功利性がもたらす快楽は数値として表すことができます。

数値が大きければ大きいほど幸福であるということになり、その数値は人によってバラバラではなく、客観的に計算して決めることができるとします。

よって、国家の役割は社会全体の快楽数値をできるだけ大きく、かつ、不快数値をできるだけ小さくする政策を行うことと言えます。こうすることで社会全体が最も幸福な状態であると言えます。これがよく言われる、最大多数の最大幸福です。

 

ベンサムが言ったのは、だいたい上記の通りです。そしてこの主張の中に、なぜ我々が多数決で選ばれたことを正しいとしているかの理由の一つを見つけることができます。

というのも、多数決は社会において最も単純な損得勘定の方法であるからです。

 

じゃあその損得勘定ができる多数決が良い! というのがベンサムの主張であったかというと、そうではありません。

功利主義については以上ですが、せっかくなのでベンサムがどういう結論に至ったか、次回に続きます。