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なすのクソゲー攻略本

人生とかいうクソゲーを攻略していきませう

59.やりきるということ

 こんにちは、唐揚げ食べたいマンです。

 

 連続更新があと2日でおしまいなので、最後に書ける雑談でも。今回は長いので、ブログでは珍しく一字下げをしっかりしているよ。

 

 「継続は力なり」という言葉は嫌いですがある程度真実だとも思っています。

 とりわけこの僕は物事を継続するというのが非常に苦手で、同じ工程を繰り返すというのが嫌いなんですよね。そして実行力もほとんどないです。

 僕の得意分野というのは、その物事に対して今までなかった見地から観察・分析して、別の道を模索するということです。基本的に僕にはオリジナルというものがなく、他人のものの寄せ集めでできています。

 これは構築のための過程であります。例えて言えば、(独学で、かつデッサンをせずに)絵を練習する際にいろんな人の絵を模写するようなものです。その人の論調、文章、傾向などを真似てみると、自分の中の収まるべきところに落ち込んできます。

 

 さて、ここからが本題。「物事をやりきる」ことが苦手なのはそうなんですが、僕はそもそも「物事をやる」ことに興味がないのです。机上の空論で遊ぶのが大好きなのです。基本的には理論を建てて、後は他の人が実行して、その結果を聞くだけというのが理想です。

 「より立派な人間として生きる」という健全な方々の思考に合わせれば、物事をやりきることは自らの能力を高めることにも繋がり非常に素晴らしいことだと言えるでしょう。

 嫌いですが、正しいと思います。

 

 僕の場合で具体的な例をあげると、ニコニコ動画であげている「ノーダメージ縛りでトルネコ3」シリーズ。まだ1回しかあげていませんが、目標自体は悪くないと思っています。1週間に1回、次回をアップロードするなんて言っていましたが、継続されていませんね。

 この場合の僕の反省は2つ。

 1つは、企画書をしっかりと書かなかったことです。もう少し具体的に企画をするべきだったと後悔しております。それは台本を書くというのもそうなんですが、いったいどの部分を動画に使うのか。既プレイであるからこそ、できるプランニングはあったはずです。第1回を見ればわかるのですが、非常に冗長です。ゲームの性質上、またあれ以上カットができない(倍速は現在検討中。ね、遅いでしょう?)ので仕方がないとも思うのですが、もう少しうまくできたな、と。おそらく中盤が一番面白いのですが、第1回がつまらないのはマネジメントとして明らかに失敗です。

 もう1つは、そもそも僕のスキルが低いことです。いえ、スキルが低いのは当たり前ですし、誰だってそういう時期はあるのでしょうが、僕の場合はその向上を意識して行っていなかったのが大きな問題でしょう。これについては、正直すぐに対処できる問題ではありませんので、改善できる点から取り組んでいきたいと思います。

 最初から気付いているという意味では反省ではないのですが、マーケティングはもっとうまくできるはずだと考えております。ここをこうすればもっといいんだろうな、という戦略。2つ目の反省点にも繋がるのですが、これは僕の思考の問題ですので、いったん切り捨てることにしました。最底辺が何を言うかと思いますが、人が通っていない路地でどれほどうまく宣伝をしてもしょうがないと考えたからです。

 実況動画を作る基盤が出来上がっていなかったという点は上記と似た内容なので割愛します。

 

 ここまで書いておいて「あれ、これもっとしっかり書いて、質の良い記事をあげるシーズンに使った方がよくね」と思ったけど、もう少しだけ続くんじゃ。だいたいこれ、あまり文章としては魅力がないからね。脳直だからね。推敲もしていないからね。

 

 いい例の話をしましょう。

 GN放送局で放送されている僕とにとういの子MCの番組「局立パルプンテ学園」。にとうさんの発言ですが「放送されている番組でもこれだけ話し合っているものはないんじゃないか」というくらい話し込んで作っています。僕も概ね同意見です。

 あれは僕が以前行っていた番組での失敗を踏まえて、運営スタッフ宛に簡単な企画書を作って提出したゲスト対談ゲーム系ラジオが基になっています。そもそも企画書を送ったこと自体に驚かれたのですが、前番組の反省点が「企画自体がつまらない・目標に対する道程が曖昧である」ですから、まあ多少はね。

 その後何やかんやがあって、にとうさんが加わり、まったく別の番組を作ることになりました。今思うと骨組み以外はほぼ挿げ替えたと言っていいですが、それでも僕は僕のやりたいことをやって、ある程度の成果に満足しています。僕の予想では、もう少し僕の中で情報を整理しないと今後が厳しいかと考えているので、その辺は本当にやらなければいけませんね。

 

 どちらの例も言えるのは、今回僕は実行しているということです。空論で終わらせず、形として世界の片隅に出しています。

 こればかりはやりきらなければ、誰もやってくれないので。

 これからもお付き合いください。

 

 やりきるということの尊さというは、僕の中でのやりきるということの立ち位置を語るような内容になってしまった。しかもその大半は余談だ。楽しかったね。

 それでは。